猫の甲状腺機能亢進症 内科療法・外科手術

猫の甲状腺機能亢進症は9歳以上の1割が罹患していると言われている疾患で年々増加傾向にあります。症状は体重減少、多食、多飲多尿、嘔吐、下痢、性格の変化など様々です。放置しておくと腎不全、高血圧、心臓病、衰弱、悪液質と進行していきます。甲状腺は腺腫性過形成がおおく甲状腺がんは比較的まれです。治療法は、内科療法、外科療法があります。海外で行われている放射性ヨード療法は施設や法律の関係から残念ながら現在の日本では行なうことはできません。下記に内科療法、外科療法の利点と欠点をあげてみます。

獣医師の臨床専門雑誌CAP・7月号に、院長の執筆した「猫の甲状腺機能亢進症の治療~外科手術の適応と手技~」が掲載されました。現在多くは内科的治療によりコントロールされることが多いのが日本の実情ですが外科的治療により根治が望めます。外科的適応の判断、解剖、術前の準備、術前の検査、麻酔、術式と注意点、術後管理にわけて13ページにわたり解説しております。過去の手術例を分類し詳細に手術法を解説しております。外科手術を本格的におこなっている病院は極めて少数ですが、この掲載によりいろいろな地域の多くの獣医師が猫の甲状腺の手術を安全におこない多くの猫ちゃん達を救えるきっかけになればうれしく思います。見出しのページの右上にホームページとパスワードが示してありますので動画での手術をWEBサイトでご覧いただけます。ご質問等ございましたら直接当院までご連絡いただけましたら幸いです。

内科療法

長所

  1. どのような施設でも治療可能です。
  2. 一度に多額の費用は必要ありません。

短所

  1. 毎日の投薬、繰り返しの血液検査、通院が必須になります。
  2. ほとんどすべての猫で生涯にわたっての投薬が必要です。
  3. 副作用が約2~4割に起こると言われており食欲不振、嘔吐、肝炎、顔面・頸部自傷性剥離、貧血など、特に白血球減少症、血小板減少症では人間と同様死亡例の報告が多くあります。
  4. 甲状腺ホルモンが、内服でよい値に維持できていても、腎不全、心不全、高血圧などの病状はほとんどの症例で進行し、外科療法に比べると短命になるようです。
  5. とくに高血圧は治療開始前にすでに14~19%が高血圧で、治療開始後もさらに20~25%が高血圧になりコントロール困難で失明するケースも多くあります。
  6. 猫との関係性が悪くなるということで治療をやめられる方もいます。
  7. 2年以上の内服療法による治療費用は外科療法より高額になることが多いと思われます。

外科療法

長所

  1. 根治的です。
  2. 日々の内服、検査から解放され通院の必要はなくなります。
  3. 猫の内服によるストレスから解放され、飼い主と動物の良い関係を保つことができます。
  4. 術後98%以上の症例で甲状腺ホルモンを与える必要はありません。
  5. 内服治療や検査を継続するより長期的にみると安価になります。
  6. 長寿、生活の質の向上が期待できます。

短所

  1. 一時に多額な費用が必要になります。
  2. 上皮正体機能低下症、反回神経損傷からくる喉頭麻痺等の医原性障害の危険性やきれいに取り切れないと再発の可能性があり術者をえらぶ繊細な手術になります。
  3. 進行し過ぎた症例ではリスクが高くなります。

外科療法は内科療法に比べたくさんのメリットがあります。抗甲状腺薬の副作用でたいへんな猫ちゃんたちも、食事変更、少量投薬、回数変更等によるコントロールののち手術を行い元気な生活を送れるようになっています。

甲状腺両側摘出手術前

甲状腺両側摘出手術後

写真は以前飼っていた私の飼い猫ですが、日本で初めて甲状腺両側摘出手術を論文で報告した猫です。片側摘出後5年後に再発したのですが、当時両側摘出をおこなうと死亡すると言われていたころで、はじめは抗甲状腺薬を投与していました。ホルモン値は比較的良好でしたが食欲不振と下痢で体重1.16㎏になり不整脈も落ち着かず、思い切って手術をしたところ経過良好で10ヵ月後には2.88㎏になり天寿を全うしました。この経験より手術をお勧めするケースが多くなっています。

上皮正体は甲状腺に付着していてカルシウムをコントロールする大切な臓器です。甲状腺摘出手術の際に上皮正体の機能を残せるかどうかが最も重要になります。吉田獣医師の論文「猫の甲状腺機能亢進症における上皮正体の位置と手術法」がMVMに掲載されました。

猫の甲状腺機能亢進症における甲状腺摘出手術

術前の評価

血液検査や心エコー、レントゲンによる評価は大切です。甲状腺の左右の大きさや位置、異所性甲状腺の確認、甲状腺癌の除外のためCT撮影ののち手術を行います。90%以上の症例で手術可能です。両側腫大の場合は1カ月以上の間隔をあけて片方ずつ手術をおこないます。片側、両側の比率はほぼ半分ずつです。手術適応症であるかどうかは診察にて判断させていただきます。
当院では多数の猫の甲状腺摘出手術を行っていますが現在まですべて順調に経過しております。関東、中部、北陸、近畿、四国などの他府県からも来院されています。

米国のもっとも著名なDr.Douglas Slatterの名著であるTextbook of Small Animal Surgeryには「放射性ヨード法が猫の甲状腺機能亢進症の最良の治療法であると考えている。もし施設が利用できない場合には次に甲状腺切除術が推奨され,長期にわたる抗甲状腺薬治療は入院・麻酔及び手術にかなりの危険が伴う場合にのみ薦められる」とあります。参考にされてはいかがでしょう。
当院で、たくさんの猫ちゃんが手術を受けられています。セカンドオピニオンをご希望の方もご相談ください。手術症例の平均年齢は14歳で最高齢は26歳です。

トピックス

甲状腺機能亢進症で甲状腺両側摘出した症例の3%で、完治できない症例があると言われています。異所性甲状腺からのホルモン分泌によるためですが、北里大学獣医学部・獣医放射線研究室にシンチグラフィーを依頼し、場所の特定ができたことにより当院にて開胸手術をおこない完治することができました。国内では初めての症例になります。今後獣医学の発展により、今後このような症例もふえてくると思われます。

北里大学獣医学部・放射線研究室
柿崎竹彦准教授提供

北里大学獣医学部・放射線研究室
柿崎竹彦准教授提供