米国および日本での疫学調査において、7歳以上のネコの10%前後が甲状腺機能亢進症であるとする報告があるように、甲状腺機能亢進症はネコの内分泌疾患の中で高率に認められる疾患です。
甲状腺機能亢進症は、甲状腺ホルモン(T4およびT3)の過剰生産・分泌によって起こる全身性疾患です。甲状腺の病理学的変化の多くは良性の腺腫性過形成で、悪性腫瘍は2%未満とされています。甲状腺が腺腫性過形成に発展する真の原因については現在のところ明確な答えは出ていませんが、免疫学的、感染性、代謝性、環境または遺伝性因子などが相互に関与していると考えられています。大規模疫学調査の結果では、市販の缶詰フード中のヨードやイソフラボン、プルトップ缶の内面に塗布されている物質、猫砂などの様々な物質が甲状腺腫を引き起こす物質として示唆されていますが、最近では住宅用難燃剤(カーペットやカーテン用)のPBDEs(Polybrominated Diphenyl Ethers)が、かなり有力な発症因子の1つであると注目されています。
症状は、一般的なものとしては「高齢猫の食欲の低下を伴わない体重減少」です。それに付随して多食、多飲多尿および嘔吐、下痢などの消化器症状、および被毛の変化などの症状が出ます。攻撃的な性格になることも時々見られたり、体重減少に加えて、無気力、虚弱、食欲不振が主な症状の場合もあります。このように、甲状腺機能亢進症は複合的全身性疾患であり、甲状腺中毒性心筋障害、腎不全、全身性高血圧症、消化管障害などを併発しやすく、それに伴い臨床症状が多種多様になることが多いです。
診断は、多くは血清総T4濃度の測定で確定が可能です。軽度の甲状腺機能亢進症や、重度の非甲状腺疾患(腫瘍、全身感染症、臓器不全など)を併発している甲状腺機能亢進症では、血清遊離T4濃度も測定することによってより正確な診断が可能となります。
治療は、大別して経口抗甲状腺薬による内科的維持療法、甲状腺摘出術、放射性ヨード療法の3つに分けられます。甲状腺ホルモン合成に最も重要な元素であるヨードを最適に制限することで、甲状腺ホルモンの過剰生産をコントロールするという概念から、ヨードを制限した処方食が発売されていますが、まだ実証例の報告が少なく、また長期的な予後がまだわからないですが、今後の報告次第では第4の選択肢として期待できるかもしれません。また、放射性ヨード療法は、日本では治療を行える施設がまだ1つも認可されていないため、今のところ実質甲状腺摘出術か抗甲状腺薬による内科治療の二択となります。甲状腺摘出術は永久的治療(根治)を目的として実施されますが、経口抗甲状腺薬は効果を維持するために毎日投薬する必要があります。抗甲状腺薬は、嘔吐、食欲不振、無気力などの副作用が認められたり、抗腫瘍効果があるわけではないため、長期的な予後を期待するという意味でも当院では甲状腺摘出術も積極的に行っております。